ローマ教皇は、古い伝統を守るだけの遠い存在だと思っていた
ローマ教皇と聞くと、長い歴史と荘厳な儀式に包まれた、どこか遠い世界の象徴のように感じていました。二千年続く伝統を守る人。現代の慌ただしい世の中とは、もう接点の薄い存在なのだろう、と。ニュースで教皇の交代を目にしても、自分の暮らしとは関わりのない出来事として通り過ぎていました。けれど、その受け止め方ではどこか物足りなさが残ります。なぜこれほど古い組織が、いまも世界中の注目を集め続けるのか。その問いに、哲学者の山本芳久さんの一冊が、鮮やかな見取り図を与えてくれました。
「伝統」と「革新」は、対立ではなく両輪だった
本書が描くのは、二千年続く伝統が、じつは絶えざる革新と一体になって動いているという姿です。本書では、近年の三人の教皇――ベネディクト十六世、フランシスコ、そして新たに選ばれたレオ十四世――の言葉を手がかりに、教皇という存在がどのように時代と向き合ってきたかが読み解かれます。たとえば「橋を架ける」という言葉に込められた、分断の時代に対話を求める姿勢。あるいは「SNS時代の教皇」という章で論じられる、最古の組織が最新のメディアとどう関わるのかという主題。古い装いの奥で、教皇たちが現代の課題に正面から言葉を投げかけ続けてきたことが、具体的な発言を通して見えてきます。前教皇フランシスコから新教皇レオ十四世へと引き継がれていく路線の連続性や、その微妙な違いも、三代の言葉を並べることで浮かび上がってきます。本書にはさらに、信仰・希望・愛をめぐるベネディクト十六世の思索や、新教皇レオ十四世の歩みについても踏み込んで書かれています。その続きは、ぜひ本書で確かめてみてください。
国際ニュースの「読み方」が変わった
この本を読む前の私は、教皇に関する報道を、宗教の世界の内輪の話として聞き流していました。読み終えた今は、国際情勢のニュースに教皇の言葉が登場したとき、その背後にある思想の流れを想像しながら受け取るようになっています。たとえば紛争や難民をめぐる報道で教皇が発言したと聞くと、以前なら聞き流していたところを、いまは「これは伝統のどの考え方から出てきた言葉なのか」と気になり、世界の出来事が一段深く立ち上がって見えるようになりました。食卓で家族が国際ニュースの話題を出したときにも、その出来事の背後にある思想の流れを少しだけ添えて話せるようになり、世界の見え方が以前より立体的になりました。遠い宗教の話だと思っていたものが、現代を読み解く一つの視点へと変わったのです。
知らないままだと、現代を読む鍵を一つ取り逃していた
この本を読まなければ、私はローマ教皇を「古い権威」としてしか見られず、その言葉が現代社会へ投げかける問いを取り逃していたはずです。著者の山本芳久さんは、東京大学大学院総合文化研究科教授で、西洋中世哲学やキリスト教学を専門とし、『トマス・アクィナス 理性と神秘』でサントリー学芸賞を受賞した研究者です。思想の歴史を深く掘り下げてきた著者だからこそ、教皇の言葉の奥にある二千年の知の蓄積を、平易に解きほぐしてくれます。映画「教皇選挙」などで関心を持った人が、その背景を立体的に知るための入り口としても心強い一冊です。