終戦で日本は主権を取り戻した、と思っていた
学校の授業では、こう習った気がします。日本は敗戦を経てサンフランシスコ講和条約で独立を回復し、それからは一人前の主権国家として歩んできた——。多くの人が、戦後史をそんなふうにざっくり理解したまま大人になります。けれども、なぜ沖縄に基地が集中し続けるのか、なぜ外交の場面でいつもアメリカの顔色をうかがうように見えるのか、その理由を問われると、うまく説明できない。どこか腑に落ちないまま、日々のニュースを眺めている。私もその一人でした。その感覚を根底から揺さぶってきたのが、ジョン・W・ダワー著『転換期の日本へ』です。
「独立」ではなく「従属的独立」という見方
本書でダワー氏は、戦後日本を単純な独立国とは見なしません。サンフランシスコ講和条約と日米安保条約によって、日本はアメリカを中心とする戦後秩序、いわゆる「パックス・アメリカーナ」の枠組みに深く組み込まれた、と論じます。ダワー氏はその状態を「従属的独立国」と表現し、共著者のガバン・マコーマック氏はさらに踏み込んで「アメリカの属国」とまで呼びます。読んでいて引き込まれるのは、こうした見立てが感情論ではなく、講和の過程や条約の構造という具体的な歴史の積み重ねから語られている点です。第一章ではサンフランシスコ体制の成り立ちが、第二章では沖縄や与那国島といった「辺境」に何が押しつけられてきたかが描かれます。読者からは、この沖縄や辺境をめぐる記述が戦後の構図を理解する助けになったという声も上がっています。私自身、独立とは何かという当たり前の言葉が、本書を読むうちにぐらぐらと揺れ始めるのを感じました。本書ではさらに、領土問題や憲法、核と原発をめぐる選択についても、歴史をさかのぼりながら踏み込んだ議論が展開されます。なぜ今の構図ができたのか、私たちはこれからどちらの道を選ぶのか。その続きはぜひ本書で確かめてみてください。
ニュースの裏側が、急に立体的に見えてくる
この視点を得てから、日々のニュースの見え方が変わりました。基地問題や外交のやりとりが報じられるたび、以前は「なんとなく難しい話」として聞き流していました。けれど今は、その一つひとつが戦後七十年以上かけて固まってきた構造の上に立っているのだと、背景まで含めて受け止められるようになりました。たとえば沖縄をめぐる報道に触れたとき、単発の出来事ではなく、講和の時点から続く長い流れの一場面として読めるようになった。霧が晴れて、地図の全体像が見えたような感覚です。日本が今どこに立っているのかを、自分の言葉で考えられるようになりました。
知らないままでは、ずっと半分しか見えていなかった
この本を読まなければ、私は戦後日本を「ふつうに独立した国」と思い込んだまま、その先を考えずにいたはずです。著者のダワー氏は、マサチューセッツ工科大学の名誉教授で、日本近代史を専門とする歴史学者。終戦直後の日本を描いた『敗北を抱きしめて』で二〇〇〇年のピュリッツァー賞を受賞した、占領研究の第一人者です。半世紀以上日本と向き合ってきた外からの目だからこそ、私たちが内側から見えなくなっているものを照らし出してくれます。自分も同じ思い込みを抱えているかもしれないと感じた方は、一度この問いに触れてみてください。