裁判所は「公正で独立した機関」だと信じていた
日本の司法は、行政や立法から独立した第三の権力として、公正に機能しているはずだ——そう信じていました。裁判官は政治的な圧力に左右されず、法と良心のみに従って判決を下す専門家だ、という前提です。「三権分立」というシステムが、それを保証しているはずだと。
でも現実には、「なぜこんな判決が出るのか」と感じるニュースに出会うことがありました。無罪が後に明らかになる事件でも、なぜ有罪判決が出続けるのか。裁判官個人の良心だけでは説明がつかない「何か」があるのではないか、という疑問を漠然と抱えていたのです。
この本が、その「何か」の正体を明らかにしてくれました。
最高裁の「人事権」が、判決の方向を左右する
本書が告発するのは、最高裁判所が持つ人事権の威力です。裁判官は司法修習生のころから最高裁の「洗礼」を受け、最高裁の意向に反する判決を書いた裁判官は僻地への転勤などの「報復人事」を受けることがあるというのです。著者の井上薫は元裁判官として、この構造を内部から目撃してきました。
東京大学理学部卒業後に司法試験に合格し、1996年から2006年まで裁判官を務めた著者は、「なぜ裁判官は最高裁の意向に反しにくいのか」を制度・人事・報酬・異動サイクルという具体的な仕組みから解明しています。袴田事件のような重大な冤罪が長年是正されなかった背景にも、この構造が関わっているというのです。本書にはさらに、裁判官の日常や「言えない本音」についても赤裸々に書かれています。ぜひ本書で確かめてみてください。
「司法への信頼」の根拠を問い直すことになった
この本を読んでから、裁判に関するニュースを見る目が変わりました。「なぜこんな判決なのか」という疑問に、「人事を握る最高裁の意向と、現場の裁判官の関係はどうだったのか」という問いを重ねられるようになりました。
もちろん、すべての裁判官が最高裁に忖度しているわけではないでしょう。しかし「三権分立だから公正だ」という前提が自明ではないことを知ったとき、司法への信頼の根拠を改めて問い直す必要があると感じました。信頼は前提ではなく、検証の上に成り立つものだという認識の変化は、この本から得た最も大きなものです。
「公正な司法」への信頼を再構築するために
本書が告発しているのは、司法を完全否定しようとする試みではありません。むしろ「真の公正さ」とは何かを問い直し、制度を改善するための根拠を示す試みです。裁判所が完全に独立した公正な機関であるためには、最高裁の人事権に何らかの制約が必要なのかもしれない——そういう問いを、市民が持てるようにする一冊です。知らなければ問うこともできない。この本は、その問いへの入口を開いてくれます。市民として司法に関わる機会は限られていますが、「なぜこの判決なのか」を問える知識を持つことは、民主主義の基盤の一部でもあります。
元裁判官による「司法の内側からの証言」
東京大学理学部卒業後に司法試験に合格し、10年間裁判官を務めた後、弁護士として活動してきた井上薫だからこそ書ける内部告発です。外からは見えない司法の実態を、制度・人事・報酬という具体的な観点から解き明かしています。
この本を読まなければ、裁判所の独立性を前提として疑わず、冤罪や不当判決を「例外的な失敗」として眺め続けていたと思います。