「金魚は縁日の屋台ですくう、子どもの夏の思い出のような身近な観賞魚で、それ以上の歴史や奥行きはない」とずっと思っていた
金魚という存在は、夏の縁日・小学校の教室の水槽・町の金魚すくい——そういう「日本人の子ども時代の風景」と一体になった存在として頭の中にありました。「フナを赤くしたもの」「中国から来た観賞魚」という断片的な知識はあっても、品種の多様性や産業としての歴史を意識する機会はなく、「安価で身近な小さな魚」というイメージで止まっていました。
でも、ピンポンパール・ランチュウ・出目金・蝶尾・東錦——金魚専門店で並ぶ品種の名前と姿のあまりの多様性に触れると、「これは『フナの赤いもの』では片付けられない世界がある」という直感は持っていました。その世界の奥行きを掴めないままでいました。
吉田信行著『金魚はすごい』を読んで、その奥行きの輪郭が見えてきました。
金魚は中国から渡来後、江戸時代の大ブームを経て、200年以上にわたる品種改良で日本独自の系譜を発展させてきた
著者が本書で示す核心は、金魚が中国から日本に渡来して以降、江戸時代の庶民から大名まで巻き込んだ大ブームを経て、独自の品種改良が積み重ねられ、現代でも31品種以上が確立されているという、200年を超える文化的・産業的な歴史を持つ存在だという事実です。著者は1819年(江戸文政2年)創業の老舗「金魚の吉田」7代目当主として、業界の内側から金魚文化の全貌を語ります。
特に印象的なのは、品種ごとの解説です。「ランチュウ」「土佐金」「ピンポンパール」「キャリコ」「東錦」「ジキン」——一つひとつの品種に、どこで生まれ、誰がどう改良し、どんな特徴を求められてきたかの歴史があります。日本独自の品種には、奈良・大和郡山・愛知・東京下町・高知など、各地の養魚場と愛好家の系譜が刻まれています。江戸時代の鉢金魚ブームでは、武士から町人まで階層を超えて金魚熱が広がり、浮世絵にも金魚が頻繁に描かれました。本書にはさらに、金魚の生態の意外な特徴・正しい飼育法・老舗が伝える「金魚のススメ」が詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「身近すぎて見ていなかったもの」への眼差しが変わった
読む前と後で、身近な生き物・モノへの向き合い方が変わりました。以前は「子どもの頃から知っている」というだけで対象を素通りしていました。でも今は、「これだけ長く身近にあったということは、それだけ長い文化的歴史を背負っているのではないか」と問う視点を持てるようになりました。
具体的には、町中のペットショップや金魚専門店で並ぶ金魚を見るとき、品種名の由来・各地の養魚産地・伝統的な飼育法を想像するようになりました。また、金魚に限らず、犬・猫・鯉・鈴虫——「日本人と長く共にあった生き物」のすべてが、それぞれに品種・産地・愛好家の系譜を持つ文化的存在として見え始めます。「身近さ=浅さ」ではなく「身近さ=積み重なってきた歴史の深さ」という捉え直しが、本書を通じて生まれました。
1819年創業・江戸時代から続く老舗「金魚の吉田」7代目当主が、業界の内側から金魚文化を伝えた
吉田信行(1943年東京都文京区本郷生まれ)は文政2年(1819年)創業の老舗金魚専門店「金魚の吉田」の株式会社ヨシダ代表取締役社長で、200年続く金魚商売の7代目当主です。一般読者向けの解説書ではなく、業界の内側で金魚と共に育ってきた当事者が、自分の家系の200年の経験と業界の歴史を凝縮した一冊として、本書には他の入門書にはない厚みがあります。
この本を読まなければ、金魚を「縁日の安価な観賞魚」として遠ざけたまま、200年の品種改良と日本文化が育てた多様性と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。