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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「高度経済成長は日本人が一丸となって豊かさを追い求めた輝かしい時代だった」という思い込みが、成長神話が生んだ「ゆがみ」の実像を見えなくしていた

「高度経済成長は、日本人が一丸となって豊かさを目指し、努力が報われた輝かしい成功の時代だった」とずっと思っていた

高度経済成長といえば、「もはや戦後ではない」から「経済大国」へ——勤勉な日本人が力を合わせて豊かさを実現した、世界に誇るべき時代という感覚がありました。池田内閣の「所得倍増計画」は国民の夢を体現したものであり、オリンピック・新幹線・家電の普及は日本人の努力の結実として描かれていました。高度成長は「正しい方向へ進んだ時代」として、疑問なく受け取っていました。

でも、公害・過疎・格差拡大——成長の裏側で積み上がった問題が、「一丸となった成功」という物語にどうしても収まらないままでいました。経済成長への意思はどこから来たのか、誰が恩恵を受けて誰が犠牲になったのかという問いへの答えが、うまく見えてきませんでした。

武田晴人著『高度成長』を読んで、その問いへの答えが見えてきました。

「経済成長神話」の誕生と浸透が、人々の欲求と政治の思惑を絡み合わせながら社会のゆがみを生んでいった

著者が本書で示す核心は、高度成長を「一丸となった成功」として描くのではなく、「経済成長への神話」がいかに誕生し浸透していったか、そしてその神話が人々の欲求と政治の思惑とどのように寄り添い、あるいはすれ違いながら社会のゆがみを生んでいったかを問う視点です。著者は「日本経済の後進性」が問題にされた時代から経済大国の地位確立までを丁寧にたどりながら、成長の恩恵と歪みの両面を同時に照らします。

特に印象的なのは、「成長への神話」が単純に上から与えられたものではなく、民間の欲求と政治の戦略が絡み合いながら形成されていったという視点です。消費の拡大・家電の普及・マイホーム志向——これらは自然発生的な欲求ではなく、産業構造と政策によって形成された欲求でもありました。同時に、成長の外部に置かれた地方・農村・非正規労働者の存在が、「一億総中流」という自画像に収まらない現実を作っていました。本書にはさらに、「高度成長のゆがみ」が今日の日本社会にどのように引き継がれているかが詳しく論じられています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

「当時の豊かさ」への感覚が、問いを持つ視点へと変わった

読む前と後で、高度成長期への向き合い方が変わりました。以前は「よかったあの時代」という感覚で高度成長を見ていました。でも今は、「その豊かさは誰にとっての豊かさで、誰が犠牲になったのか」という問いを持つようになりました。

具体的には、現在の地方の過疎化や都市一極集中を見るとき、「高度成長期に何がどのように選ばれたのか」という問いが浮かびます。水俣病・四日市ぜんそくなどの公害病が「成長の証し」と同時に進んでいたという事実は、「豊かさ」の意味を問い直す具体的な場面です。高度成長を「成功談」としてだけ語ることが、現在の日本社会が抱える構造的問題の根源を隠してしまうという認識が生まれました。

東京大学大学院教授が「経済成長神話」の形成と歪みを経済史の視点で描いた

武田晴人(1949年生まれ)は東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授として経済史を専攻し、日本産業史・経済発展史の分野で広く論考を発表してきた研究者です。経済史の視点から「成長」の意味そのものを問い直す本書は、高度成長を神話として相対化し、その光と影を同時に照らす一冊です。

この本を読まなければ、高度経済成長を日本人の努力と一体性の成功物語として受け取ったまま、経済成長神話の誕生とその歪みが今日の日本社会に引き継がれているという事実と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。

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高度成長(日本近現代史⑧) 武田晴人 / 岩波書店

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