「満州事変から日中戦争へ向かったのは、暴走した軍部が政治をひっくり返したためであり、民間人はその犠牲者だった」とずっと思っていた
満州事変や日中戦争といえば、関東軍の独断専行と軍部の台頭が政党政治を飲み込んでいった歴史——そういう理解をしていました。「軍部 vs 民間」という構図で、戦争は一部の狂信的な軍人が引き起こしたものだという感覚がありました。政治家・外交官・民衆は、軍部の暴走の被害者であり、抗しきれなかったという物語を前提にしていました。
でも、「ではなぜ止められなかったのか」という問いへの答えが、その物語では薄いままでした。政党政治家も外交官も、戦争に対して何も考えていなかったわけではないはずなのに、なぜあの方向に進んでいったのかが腑に落ちないままでいました。
加藤陽子著『満州事変から日中戦争へ』を読んで、その問いへの答えが見えてきました。
戦争は「暴走」だけで起きたのではなく、複数の論理と思惑が交錯した末に選ばれていった
著者が本書で示す核心は、満州事変から日中戦争への道が「軍部の一方的な暴走」ではなく、政治家・外交官・軍部・民衆それぞれが複雑な思惑と論理を持ちながら関わり合い、戦争の方向へ向かっていった過程だという事実です。著者は満州事変の「四つの特質」を分析しながら、1931年の鉄道爆破から始まる連鎖が、なぜ国際連盟脱退・2.26事件・長期の対中戦争へと連なっていったかを精緻にたどります。
特に印象的なのは、日中戦争が宣戦布告のないまま続けられる一方で、太平洋戦争末期まで対中和平工作が執拗に続いていたという事実です。日本は中国と「戦争していながら和平を求める」という矛盾した状態を何年も続けていました。この事実は、「戦争を望む側」と「戦争を終わらせようとする側」が日本の内部でせめぎ合い続けていたことを示します。「軍部の暴走」という単純な物語が捉えられない複雑な構造が、本書には詳しく描かれています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。
「なぜ止められなかったか」という問いに、もっと深い答えが持てるようになった
読む前と後で、近代史への向き合い方が変わりました。以前は「軍部が悪かった」という説明で戦争への道を理解した気になっていました。でも今は、「戦争を止めようとした人々はどのような限界を抱えていたのか」「止めようとした行為が、なぜ戦争をむしろ拡大させてしまったのか」という問いを持つようになりました。
具体的には、国際連盟で孤立した日本が脱退を選んだ場面を振り返るとき、「なぜ他に選択肢がなかったのか、本当に選択肢はなかったのか」という問いが浮かびます。外交的努力が機能しなかった理由を、個人の失敗ではなく構造的な問題として理解できるようになった感覚があります。歴史を「悪者探し」ではなく「なぜその論理が成立したのか」という問いで読む眼が、本書を通じて養われました。
東京大学大学院教授が「交錯する思惑を腑分け」して戦争への道を精緻に描いた
加藤陽子は東京大学大学院人文社会系研究科教授として日本近代史・軍事史を専門とし、「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(小林秀雄賞受賞)など、なぜ日本が戦争へ向かったかを問い続けてきた歴史家です。日本近代の軍事・外交・政治を横断する著者の視点が、本書でも満州から日中戦争への「論理の連鎖」を鮮明に照らし出しています。
この本を読まなければ、戦争への道を軍部の暴走という単純な物語で理解したまま、複数の論理と思惑が交錯して戦争が「選ばれていった」複雑な実像と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。