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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「哲学史は哲学者の名前と学説の年表だ」という思い込みが、哲学が人間の格闘の記録だという事実を見えなくしていた

「哲学史とは哲学者の名前・生没年・主な学説を覚える教科書的な知識だ」とずっと思っていた

高校の倫理の授業で「タレスは水が万物の根源だと言った」「プラトンはイデアを唱えた」——そういう形で哲学史を学んでいました。哲学者の名前と主張を対応させて記憶する作業であり、その「学説」が何を問うていたのかは二の次でした。哲学の問いは難解で抽象的であり、それを理解するには専門的な訓練が必要だという感覚がありました。

でも、哲学者の言葉を引用した文章に出会うとき「この人は何かに突き動かされてこれを書いた」という感覚が湧くことがありました。学説の結論だけではなく、「なぜこの人はこの問いを立てたのか」という起源への問いを、持ちながらも答えられないままでいました。

熊野純彦著『西洋哲学史 古代から中世へ』を読んで、その起源への問いが受け取られました。

哲学の出発点には常に哲学者自身の経験があり、その問いを紡ぐ言葉があった

著者が本書で示す核心は、哲学史を「学説の年表」ではなく「思考する人間の経験の記録」として読む視点です。タレスからトマス・アクィナスに至る古代・中世哲学の系譜を辿る本書は、各哲学者の原テクストを豊富に引用しながら、「この哲学者はどのような問いに突き動かされてこの思考に至ったか」という問いを一貫して追います。

特に印象的なのは、ヘラクレイトスの「ハルモニア」への問いとパルメニデスの「存在の思考」を並べて読む章です。万物が流転するという認識と、変わらない「存在」があるという認識——この二つの哲学的直観の対立が、その後の西洋哲学の核心的な緊張として繰り返し現れることが見えてきます。古代の懐疑論からプロティノスの「一者の思考」、そしてアウグスティヌスの「神という真理」へ——各哲学者の思考が、前の問いへの応答として連なる構造が浮かび上がります。本書にはさらに、中世神学とアリストテレス哲学の格闘が語られる後半の章が続きます。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

哲学書を読むときの「入り方」が根底から変わった

読む前と後で、哲学の文章への向き合い方が変わりました。以前は哲学書を「難解な言葉で結論を述べているもの」として読んでいました。でも今は、「この著者はどのような問いに突き動かされてこれを書いたのか」という問いを持ちながら読むようになりました。

具体的には、哲学者の言葉を引用した文章に出会うとき「この言葉がどのような問いへの応答として生まれたか」を確かめたくなるようになりました。また、哲学の問いを「答えのない難問」ではなく「誰かが実際に格闘した問い」として受け取るようになると、その問いが自分の日常の疑問と重なる瞬間が増えました。タレスが「万物の根源は何か」と問うたときの驚きと、私たちが「なぜ自分はここにいるのか」と問うときの驚きは、本質的に同じものだという感覚が生まれました。

東京大学で倫理学・哲学を教え続けた著者が、原テクストから哲学の問いを掘り起こした

熊野純彦(1958年生まれ)は東京大学大学院総合文化研究科教授として倫理学・西洋哲学を専門とし、カント・ヘーゲル・レヴィナスなどの翻訳・研究で知られる研究者です。本書は「近代から現代へ」(続巻)とともに、哲学者の「生きた問い」から哲学史を書き直した新鮮な入門書として高く評価されています。

この本を読まなければ、哲学史を学説の年表として記憶する作業で終わり、哲学が人間の格闘の記録であり、その問いが今の自分と地続きだという体験と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。

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西洋哲学史: 古代から中世へ (岩波新書 新赤版 1007) 熊野 純彦 / 岩波新書 新赤版

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