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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「人道目的の武力行使は正義だ」という思い込みが、「人道的介入」が抱える根本的な矛盾を見えなくしていた

「虐殺や迫害が行われているなら、国際社会が武力で止めるのは正義の行為だ」とずっと思っていた

民族浄化や大量虐殺のニュースを見るとき、「なぜ誰かが止めに行かないのか」という感情が湧いてきます。NATOがユーゴスラビアを空爆してコソボの人々を守ろうとしたとき、「これは正しいことだ」という直感がありました。人道的な目的のための武力行使は、侵略とは本質的に異なるはずだという感覚がありました。

でも、「人道的介入」という言葉が使われるたびに、何かが引っかかっていました。誰が「人道的かどうか」を判断するのか、その判断は本当に中立なのか——国連を経ずに行われた空爆が「人道的」と呼ばれることへの違和感を、言語化できないままでいました。

最上敏樹著『人道的介入』を読んで、その引っかかりの正体がわかりました。

「正義の武力行使」は、その判断基準と執行者をどう担保するかという問いを避けられない

著者が本書で問い続けるのは、「人道的介入は是か否か」という二択ではありません。「誰が、何に基づいて、どのような手続きで介入の正当性を判断するか」という問いです。1999年のNATOによるコソボ空爆は、国連安保理の承認なしに行われた「人道的」な武力行使でした。この事例が示すのは、「人道的目的」という名目は、既存の国際法の枠組みを逸脱することへの免罪符になりえるという問題です。

著者の結論は「介入せよ、上流で」——つまり、武力行使が必要になる前の段階で、国際社会は虐殺や迫害を生み出す構造に介入するべきだという主張です。武力ではなく「市民的介入」——人権監視、和解支援、予防外交——を積み上げることで、事態が武力を必要とする段階に至ることを防ぐという視点が、本書後半で展開されます。本書にはさらに、国連体制の限界と「正戦論」への批判、21世紀の平和構築の課題が詳しく語られています。ぜひ本書でその全貌を確かめてみてください。

「国際ニュースの正義と悪」という見方が根底から変わった

読む前と後で、国際紛争のニュースへの向き合い方が変わりました。以前は「武力介入は是か非か」という二項対立で考えていました。でも今は、「誰が介入の必要性を判断しているのか、その判断の手続きは正当か」という問いを持つようになりました。

具体的には、ニュースで「人道的な」という言葉が武力行使に添えられるとき、それが誰にとっての「人道」であり、どのような権限に基づく判断かを問うようになりました。「正義」という言葉が武力を覆い隠す可能性があるという感覚が生まれると、国際ニュースを単純な「善悪の構図」で受け取ることへの抵抗感が出てきます。人道と武力の間にある矛盾を直視することが、21世紀の平和を考える出発点だという認識が生まれました。

国際基督教大学教授・国際法の専門家が、コソボ空爆を素材に平和の難問に迫った

最上敏樹(1950年生まれ)は東京大学大学院法学政治学研究科博士課程を修了し、国際基督教大学教授・平和研究所所長として国際法・国際機構論を専門とする研究者です。冷戦後の地域紛争を国際法の視点から分析し続けてきた著者が、コソボ空爆という具体的事例を通じて「人道的介入」の本質的な矛盾に迫る本書は、21世紀の平和論の基本文献として読み継がれています。

この本を読まなければ、「人道的目的の武力行使は正義だ」という感情的な直感のまま、その判断基準と手続きの問題が生み出す根本的な矛盾と向き合う機会を持てないままでいたでしょう。

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人道的介入: 正義の武力行使はあるか (岩波新書 新赤版 752) 最上 敏樹 / 岩波新書 新赤版

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