文学は「共感して感動するもの」だと思っていた
小説を読むとき「主人公に感情移入できるか」「泣けるか笑えるか」が評価の基準でした。「おもしろかった」「感動した」——それが良い本の証で、読書の目的はその感動を得ることだと思っていました。でもそれなら、なぜ感動した本の内容を1年後には忘れているのか。感動しなかったけれど何か残った本の方が、長く自分の中に生きているのはなぜか——その違いが何なのかを、長いあいだ説明できずにいました。
「インタレスト」には2種類あると桑原は書いた
桑原武夫がこの本で最初に提示するのは、「インタレスト(面白さ)」の区別です。読者に迎合して「面白い」と感じさせる文学と、読者の人生を充実させ「深く考えさせる」文学は、同じ「面白い」という言葉でも全く違うものだというのです。
本書はトルストイが提唱した「すぐれた芸術の三要素——新しさ・誠実さ・明快さ」を借用しながら、文学がなぜ人生に必要なのかを問います。文学を読むことは、他者の経験と感情を通じて、自分がこれまで生きていなかった人生を間接体験することです。それによって共感能力が広がり、自分の生の意味を問い直す機会が生まれる——この視点は、「感動するため」という読書観とは全く異なります。本書後半では具体的な作品読書案内と「世界近代小説50選」が提示されており、何を読むかの指針としても有益です。ぜひ本書で確かめてみてください。
「なぜあの本は残っているのか」への答えが見えた
この本を読んでから、読書への向き合い方が変わりました。読み終わって「面白かった」という感想が薄かった本でも、数年後に何かの場面で「あの本に書いてあったことだ」と思い出すことがある。逆にすぐ感動した本が、1ヶ月後には何も残っていないことがある。その違いが「インタレスト」の種類の違いだということが、桑原の議論を読んで初めて整合しました。
「新しさ・誠実さ・明快さ」という基準で本を選ぶようになると、「流行っているから」「話題だから」という理由で本を手に取る頻度が減りました。作者がこの世界に対して何か真剣に向き合った結果として書かれた本かどうか——という問いが、読書の選択基準になりました。文学が「娯楽」ではなく「人生の体験を広げる手段」として機能し始めたのは、この本を読んでからです。
フランス文学の泰斗が残した、読書論の古典
桑原武夫(1904〜1988年)は山口県生まれ。京都帝国大学文学部仏文科卒業後、京都大学人文科学研究所教授・所長を務めたフランス文学者・文化批評家です。ルソー研究・文明論・スポーツ論に至る広範な業績で知られ、1950年に発表した「第二芸術論」(俳句を芸術の下位形式として論じた挑発的な論文)は大論争を引き起こしました。本書は1950年の刊行で、70年以上にわたって「文学の読み方入門」の定番として読み継がれています。
この本を読まなければ、「感動できるか」という基準でのみ文学を評価し続け、文学が人生に対して何をしてくれるかを問い直せなかったはずです。読書の意味が変わると、読む本が変わり、生活が変わります。
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