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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

「自由」「権利」「国家」は昔からあったわけではない。近代が発明した3つの概念

自由や権利は、人間が生まれつき持っているものだと思っていた

「人には生まれながらにして自由がある」「基本的人権は誰も侵せない」——学校でそう教わったとき、それが歴史的に構築されたものだとは思いませんでした。自由も権利も、太古の昔から人間に備わっていた当然のものだと信じていました。しかし、ふと考えてみると、中世の農民に「あなたは自由ですか」と聞いたとき、彼らはどう答えただろう。領主への義務、身分制度、教会の教え——その世界に「個人の権利」という概念はなかったはずです。そのギャップを誰も丁寧に説明してくれなかったことが、長いあいだ喉に刺さったままでした。

「個人」という概念が生まれるまでに、1000年以上かかっていた

福田歓一がこの本で語るのは、近代の政治思想が生まれるまでの歴史的必然です。中世ヨーロッパでは、政治権力はキリスト教の宇宙秩序の中に位置づけられていました。個人は神と教会と共同体の中に埋め込まれた存在で、「個人の自由」などという発想は存在しなかった。

宗教改革と絶対主義国家の台頭によって、中世的な秩序が解体し始めるとき、三人の思想家が「国家とは何か」という問いに答えようとしました。ホッブズは「万人の万人に対する闘争」から人々を守るために国家が生まれると説き、ロックは個人の財産と自由を守るために国家は存在すると述べ、ルソーは一般意志への参加によって人間は自由になれると論じました。この三人の論争が、今日の民主主義・立憲主義・人権概念の土台を作りました。本書ではこれら三つの思想の微妙な違いと現代への影響が、岩波市民講座の講演を元に丁寧に語られています。ぜひ本書で確かめてみてください。

「なぜ選挙に行くのか」の答えが、ここにあった

この本を読んでから、政治ニュースの見え方が変わりました。「個人の権利が侵害されている」「社会契約に反する」という言葉を聞くたびに、それがホッブズやロック以来の蓄積の上に立っている概念だと感じるようになりました。

以前は「選挙に行くべきか」という問いに対して漠然とした義務感しか持てなかった。でも今は、民主主義という制度がいかに長い思想的闘争の末に生まれたかを知っています。一票を投じることは、中世に「個人などというものは存在しない」と言われた時代からの反転の積み重ねの、ほんの一端を引き受けることです。「自由とは何か」「国家はなぜ必要か」という問いが、1000年前から問われ続けてきた問いだと知ると、政治への関わり方そのものが変わります。

東大政治学が生んだ、近代思想の最良の案内人

福田歓一(1923〜2007年)は東京帝国大学法学部卒業後、東京大学法学部教授として政治思想史を担当し、1984年に東京大学名誉教授となった政治学者です。専門はヨーロッパ近代政治思想史で、ルソー研究の第一人者として国際的に知られ、日本政治学会会長も務めました。本書は1968年の岩波市民講座3回分の講演を元にしたもので、「近代を生きる市民が近代の思想的起源を知る」ために書かれています。

この本を読まなければ、自由や権利が「生まれつきのもの」だという思い込みを持ち続け、それらを守ることの意味を問い直せなかったはずです。近代が発明したものを知ることは、現代を生きることの意味を問い直す入口でもあります。

福田歓一著『近代の政治思想』、購入はこちらから。

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