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新書嫁レビュー ・ 約 3 分

あの大阪城は秀吉のものではなかった。地下7メートルに眠る、本物の大坂城

あの金色の城は、秀吉が建てたものではなかった

大阪城といえば豊臣秀吉、と長いあいだ思っていました。修学旅行で訪れたとき、黄金の装飾が施された天守閣を見上げながら、ここに秀吉が立っていたのだと信じて疑いませんでした。歴史の教科書にも、観光ガイドにも、そう書いてあるように見えていました。でも、なんとなくしっくりこないことがありました。あれほど攻め落とされ焼き尽くされた城が、なぜこんなにも完全に残っているのか。その違和感に、ずっと名前をつけられないでいました。

岡本良一著『大坂城』を手に取ったとき、その疑問がようやく解けました。

地下7メートルに眠る、もうひとつの大坂城

現在わたしたちが目にしている大阪城の石垣も天守閣も、豊臣秀吉が築いたものではありません。1620年代、徳川幕府が西国大名を総動員して行った天下普請によって、豊臣の城の上に新たな城が築かれたものです。しかも徳川は、豊臣の城をただ壊したのではなく、大量の盛り土でその上から丸ごと埋めてしまいました。場所によっては10メートル以上も土を盛り、跡形もなく覆い隠したのです。

1959年、大阪城天守閣の敷地でボーリング調査が行われたとき、地下7.3メートルのところから野面積みの石垣が発見されました。それが豊臣時代の本物の大坂城の遺構でした。わたしたちが「秀吉の城」だと思って眺めてきた建物の、はるか地の底に、本物の城が眠っていたのです。天守閣に飾られた金箔瓦も、観光客が写真を撮る石垣も、すべて徳川が作り上げた「別の城」でした。

本書ではさらに、石山本願寺から豊臣大坂城へ、そして徳川大坂城への変遷が丹念に描かれています。なぜ徳川は壊すのではなく埋めるという方法を選んだのか、豊臣と徳川の石垣がどう違うのか、その問いへの答えは、ぜひ本書で確かめてみてください。

「知っているつもり」が崩れたとき、歴史が立体になる

この事実を知ってから、大阪城への見方が変わりました。再訪したとき、あの石垣を見ながら「この下にもう一枚の石垣がある」と思うと、足元の地面がまるで薄い膜のように感じられました。平面だった歴史が急に奥行きをもって迫ってきて、観光地として消費してきた場所が、突然、何層もの人間の意志と権力が積み重なった場所として見えてくる。

その変化は、大阪城だけに留まりませんでした。日光東照宮も、姫路城も、地図に載っているあらゆる「名所」が、見えている表面だけではないかもしれないという感覚で見えるようになりました。歴史とはただ暗記するものだと思っていた頃には得られなかった、「見えていないものを想像する」という楽しさを、この本が教えてくれました。

26年間、城に生きた研究者だから書けた一冊

京都帝国大学文学部史学科を卒業後、岡本良一は大阪城天守閣に配属され、26年間を城の研究に捧げました。文献の調査から遺構の発掘まで、現場で積み上げた知識は、退職後も堺市立博物館の初代館長として、そしてその後も著作と研究として結実し続けました。

地下7.3メートルに石垣が眠っていると知らないまま大阪城を見ていた日々は、ある意味で「壁の向こう側が見えていない」状態でした。この本を読まなければ、自分がどれほど表面しか見ていなかったかに、一生気づかなかったはずです。知識は世界の見え方を変える、という実感をこれほどはっきり味わわせてくれた本は、そう多くありません。

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